過去に「リレーエッセイ」掲載されたエッセイです。

                                       
河川でのスポーツ・レクリエーション事故と危険の偶有性
呉大学社会情報学部
教授 小谷 寛二
2001.2.22


 1999年8月14日、神奈川県丹沢山系酒匂川玄倉川での中州キャンプ中13人死亡事故、2000年8月6日、群馬県湯檜曽川でのサッカー少年団鉄砲水による指導者死亡事故などの事件から学ぶことは何か。交通や移動の手段、整備された道路が格段に進歩し、今まで寄せつけなかった上流や沢へ容易に行けるようになった。近代社会はコントロールの思想を根本に、偶然の作用をできるだけ小さくして、人工的に科学によって進歩と調和を示せると邁進してきた。しかし、自然はコントロールを拒否し、人がミスをすると惜しみなく命を奪う。「安全の必然化」は都市の論理に過ぎない。「川に遊び・学ぶ」活動の本質は、日常生活に比べて遥かに偶然の要素に大きく左右される環境のもと、それだけに危険性を伴う非日常を経験することに魅力がある。脳は社会で身体は自然、自然なる身体はコントロールされた大脳を回復させるために自然とコミュニケーションしようとする。河川利用者にとっては、「自然の家畜化」の中で、アクセスは半ば人工化し脅威よりも安全が保障されている「自然」の拡大に、知らず知らずシフトした状況を作り出している。そのために「安全の必然化」という錯覚に捕らわれていることである。ひとまずは、川という自然のルールを明示化し、危険性を予測でき、回避する能力をもち、危険を知るマニュアルを作成して、中止することの勇気をもつことができ、「川に遊び・学ぶ」ことがぶきる人々(指導者・活動者)をいかにして教育するのかが最優先されるべきである。
 これらのことをきっかけとして前建設省では「恐ろしさを知って川に親しむ」委員会によって安全性を配慮した河川づくりが検討され、安全性に配慮したモデル河川が実践されようとしている。平成9年に河川法が改正され、これまでの治水・利水中心の河川づくりから環境が新たにキーワードとして加わった。そして、河川審議会「川に学ぶ」委員会の答申を受けて3年間の時限研究委員会で検討されてきた。まもなくその成果が答申される。縁あって、この両方の委員会に出席してきたが、文部省の「総合的学習」に言う環境教育の受け皿づくりとして、河川愛好者も協力体制を取っている。人と自然の関係を映す鏡が川である。文部省と5省庁の協力で「自然体験活動指導者登録制度」も昨年5月にスタートした。同時に川でも「川に学ぶ体験協議会」が指導者養成を昨年9月からスタートさせている。近代スポーツに対するオールタナティヴとしてのスポーツが川から発生してきていることに注目してきた。記号化され、メディアに特化し、ドーピングによる終末的な近代スポーツは近代社会を背景に生まれたものであり、プログラミングされつつある。そうした点からこの10年ほど、山、川、海に注目してきた。しかし、こうした魅力ある新しいスポーツも事故紛争をめぐっての課題が山積している。「総合的学習」の必置に伴って、川での環境教育はいよいよ地域の支援を受けて爆発しようとしている。かつて、臨海学校は昭和35ぐらいから消滅した。「川で遊んではいけません」と、校長は夏休みを前に生徒に言って聞かした。いずれも大人が事故責任を恐れたからである。人々が川から離れていくこと100年、事態は一層悪くなっている。恐ろしさを知って、自然の中で安心して参加し、指導できる条件、その方法、しくみづくりを如何にすれば良いのか。これまでの事故紛争を判例・解釈的に研究する事のみならず、新たに「安心」をキーワードに、リスクマネージメントの点からもスポーツ法学分科会は追求している。ご期待を乞う。
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